まだ岩手に住んでるの?

(旧)岩手県民から見た地方創生・地方活性化

なぜ岩手県でコロナ感染者が0なのか!?~お金とコミュニケーションの貧困~

岩手県新型コロナウイルスではびくともしない?

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2020年5月現在、いまだ岩手県新型コロナウイルス感染者はゼロだ。これは日本全体で考えれば名誉であり県民としては誇りだろう。しかしこの事象は別種の大きな問題を浮き彫りにしている。

 

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まず岩手県民は総じて貧困に苦しんでいるということ。

 

貧困であるが故、娯楽に興じることもできずGWなどの長期休暇に旅行に行けない。つまり他の県に行きその土地のコロナ感染者と接する機会が他県民と比べて相対的に少ないのだ。感染しないことはよいことかもしれない。しかしお金がなく娯楽を楽しむ機会が少ないことは単なる不幸だ。人間は犬猫ではないので食事だけしていればそのまま単純に幸せになれるわけではない。人生の幸せには娯楽が絶対に必要だろう。

 

なぜ岩手が貧しいか?

 

それは一言でいえば、よそ者が県内でお金を落とさないからだ。観光や移住でお金が外から流入してくれば自然、県の経済は上向き県民所得も上がるのだが、よそものにとってあまり魅力が無いため観光客が少ない。また、住んでみたい県ランキングにも残念ながら上位にランクインできないでいる。長く根付く産業がなく本州一寒く県民は底なしのバカばかり。そんな県にだれが魅力を感じようか。そうした不人気に拍車をかけるのが少子高齢化だ。子供もが減り老人ばかりになった地域にだれが住みたいと思うのか?こどもの未来を考えるなら絶対にそんな地域に住みたいとは考えないだろう。

 

そしてダメ押しなのが岩手県民は日ごろから他者とコミュニケーション不足であるという問題だ。世間での岩手のイメージは寡黙で大人しいといったところだろう。実際その通りでしゃべらず怒らず穏やかに生きている人が多いように思える。だが人間は社会的動物であり他者とのコミュニケーションでその人の人間性が磨かれてゆく。その機会が日ごろから少ないからコロナ感染者も少ないという実情は手放しで喜ぶべき事象では決してないだろう。

 

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面白いことに東北地方とは対照的に九州ではコロナ感染者が増え続けている。それは九州人が陽気でネアカでコミュニケーション力が高いからに他ならない。九州人は東北人と違い未来志向で人との交流の好み新しさを志向する。根本的に東北人とは考え方や行動様式が違うのだ。それは料理の味付けや海外旅行経験率の差にも顕著に表れている。

 

端的に言うと九州人は人間らしく生きている。福岡という栄えた街を有するためお金にも困っていない。南九州は田舎だが、意外なほど若年層の婚姻率が高い。

 

お金とコミュニケーションが欠乏してい岩手県はコロナで滅びはしないが、県内でより深く根付く2つの貧困で近い将来滅びるだろう。

 

いや、滅んだほうがいい。そのほうが日本のためだ。県庁や市役所役人どもを富ませる以外の役目を失った岩手県の土地は自然に戻せばいい。魅力のない土地に無理に人を住まわせる必要などない。

 

コロナで「社会としての貧困」が浮き彫りになったこのタイミングは、岩手県が滅ぶ良い機会だと私は思っている。

 

※5月30日追記

しかしこれから新しい生活様式が始まるに従い岩手県が脚光を浴びる可能性も大いにあると思う。結局緊急事態宣言が解除されるまで岩手から感染者は一人も報告されていない。岩手がいかに隔離された場所であるかを痛感すると同時に、他者との関わりを避け引きこもり自分の世界で生きていくには最高の場所であるかもしれない。

 

岩手には広い土地がある。これはもちろん個人に与えられる自由な裁量で使える空間の量を示している。東京都などと違い、いくらでも広い家を都市部では考えられないほど安い価格で建てられる。その家の中でどんな音量で音楽を鳴らし楽器を弾こうが歌おうが、家同士が距離的に離れているため近隣から苦情が出ることはまずない。テレビも最大音量で大丈夫。友達を招きパーティーをしてもOK。どこまでも広い空間が岩手では自分一人のものになる。

 

新しい生活様式では、人との接触を減らすことが求められる。面白いことに岩手では最初から人との接触が少ない。県民の気質的に引きこもりなので好都合どころか最初から何も変わらない。だからコロナ感染者も出なかったのだ。

 

これからの始まる生活様式の中で覇権を握るのはもしかしたら岩手県なのかもしれない。