戸〇商店~個人的に入社をおすすめしない会社~

 

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今から10年ほど前、私は(有)戸〇商店でアルバイトをしていた。(伏字にしてもばれるでしょう)

 

戸塚商店は盛岡でも知らない人がいないだろう会社で、トマトの絵が描かれたトラックといえばみんな知っている。野菜や青果の卸売が主体の会社。入社してくる人はほぼ高卒の人たち(中退含む)。

 

今思えば完全にブラック会社だった。盛岡人に身近なブラック会社であると私個人は思う。

とにかく社長の態度がでかい。怒鳴り威張り散らし周りを委縮させる。社員を自分の古文と思っている。そんあ社長に思えた。本気で自分が偉いと思っているような態度だった。

 

 

このころ私は何かバイトしてお金を貯めなきゃと思い、別居していた父親に相談したらハローワークからこの会社のアルバイト求人を持ってきてくれたのだ。野菜や青果の荷積みという内容でなんの取り柄もない自分でも採用してくれるだろうと求人に申し込んだ。

 

面接は本宮にある本社で社長と行った。社長を見た瞬間からワンマンな印象を受けていた。運送業の会社は体育会というか性格が荒い人が集まるので当たり前といえば当たり前。

 

倉庫の方へ行き野菜をいくつ知っているか軽く確認しそのまま採用になった。

 

この面接時にも私に対し失礼なことを社長は言ってきたので正直採用されても辞退しようかと考えていた。でも他に応募していた会社もなかったので結局働くことにした。

 

仕事は一日五時間程度野菜の荷積みとピッキング。指定された通りにダンボールに野菜などを詰め指定された場所に置く。メインはこの作業。トラックから荷物を下ろすのが一番体に堪えた。たまねぎのダンボールは20キロもあり重ねて運ぶのが無理だった。バナナやキャベツも重いけど二つ三つ重ねて運ぶのが当たり前。一つずつ運んでいたら社長に「もたもたするな」と注意された。これは当たり前だけどね。男なら二つ重ねて運べて当然だから。

 

肉体労働で休憩時間もないからけっこう疲れる。当時は時給700円程度だった。これでもコンビニよりほんの少し高い時給だった。課長さんも似たような仕事内容でほかには、フォークリフトでトラックへの荷積みも行う。

 

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私の仕事は他にパートの女性(40代、50代)。男は自分だけだった。ちなみに正社員は全員男。男性社員は免許を全員もっていて配送も行う。

 

私の仕事は簡単で野菜の名前を覚えるときだけ苦労した。それと新聞紙の包み方がうまくないときは会長(社長の父親)に怒られた。感情的に怒鳴る人で正直厄介だった。

 

この会社は社長の弟さんが専務を務め、息子さんも社員で働く(といっても課長より全然仕事量は少なく見えた。いつもデスクに座って祖母(会長の奥さん)が作る野菜の料理などを食べていた。)数人いる課長さんは本当に大変そうで休まず働いていた。専務さんはとてもいい人で私が倉庫でスイカを見つけられなかったときも、

「そういうときもある」とフォローしてくれた。

 

でも専務さんはよく社長に怒られていた。

 

社長「ちゃんと置いたのか!!」 (多分領収書のことかなと思う。)

専務「置きました(疲れ声)…」

しかも敬語を使ってた。いくら仕事とはいえ兄弟で敬語使うかね?

 

また、社長の父親が会長であり仕事時間は倉庫内をうろうろする。会長の奥さんもちょくちょく倉庫に顔をだす。 

 

会長もその奥さんも当時でかなり高齢で70~80くらいだったと思う。正直仕事の邪魔だった。

たとえば私が配送するトマトを箱から選んでいると、「選ぶな!」とその奥さんが注意をしてくる。これはどう考えてもおかしくて、野菜が古かったりすると配送先からクレームがくる。もっと青いのくれない?とかいろいろ。

 

だから慎重に選ばなければならない。状態の良いものを選ばないといけないのだ。

奥さんの考え方としては「もったいない」ということだろう。余れば処分されてしまうからだ。 (余談であるが、私は思うのだがどうも年寄りは「物」に感情移入する。感情の抑制が利かなくなっていると思う。)

 

課長さんや一緒に働いたパートの奥さん方達は皆いい人で野菜のこと等とても勉強になった。

 

でも結局私は3か月ほどでバイトを辞めた。職場の雰囲気が好きになれなかったし、受験勉強に集中したかったから。辞める時、あるパートの方に、

 

「私たちのことは忘れても仕事のことは忘れないと思うよ」

と言われた。

 

不思議なことに私は仕事より一緒に働いたそのパートの方たちのことをよく覚えている。初めてしたバイトだし多分ずっと忘れないと思う。

 

余談だが、辞める際退社を伝えるタイミングのことで私も社長にすごい怒られた。こういう社長のいる会社ではもう働きたくないなと思った。将来絶対まともな会社に入ろうと心に決めた。戸〇商店とは今後絶対関わらないと誓った。

 

勉強しないでいるとこういう仕事しか無くなってしまうんだなと思う。使いたくない言葉だが社会の底辺の一つだと思う。底辺職は人が悪く社長が概してワンマンである。社員が委縮しているような会社に入ってはいけない。

 

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すごい偏見になってしまうけど、こうした配送・運送の仕事はやはり「ほかの仕事に行けない人たち」であると感じた。学歴やスキルといったものを何も持っていないと、こういう仕事しかないのだろう。運転免許さえあればだれでも就ける仕事である。

 

このブログを読んでいる稀有な読者はどうかこうした配送・運送会社にはつかないでほしい。これから「自動運転」が広まれば運転技術がスキルとして認めてもらえなくなる。 

 

もっといい会社に行ってほしい。頑張って公務員か日報や岩銀、IBCのような安定企業に入ってほしい。

 

盛岡には優良企業が全然ない。進学も就職にも選択肢がない街だ。

 

でも腐らずに一生懸命に生きよう、自分のために。